東陽工業について

創業1963年

東陽工業は1965年に新宿区若松町にてスレート工事の会社として創業しました。初代社長は藤本信雄。職業軍人であった信雄は、陸軍の経理を務め、終戦後にスレート工事の番頭であった友人とふたりで立ち上げたのが、東陽工業の前身です。「東陽工業」とは、東の空から太陽がのぼる様子をイメージして名付けた社名で、明るい未来や希望をイメージしています。

変化をいとわず挑戦しつづける

私たちは、創業時のスレート工事に始まり、軽鉄下地工事、ボード工事、クロス工事、床仕上げ工事、金属工事、耐震天井施工と時代によって事業領域を広げてきました。ひとつのことを追求する職人気質と、時代にあわせて変化することの柔軟さ、新しい分野への挑戦が、東陽工業の強みだと自負しています。

大切にしていること

なにより重視しているのは、お客さまや現場スタッフとのコミュニケーションです。コミュニケーションと言っても、なにか特別なツールを用意しているわけではありません。コミュニケーションは技術です。顔を合わせての意思疎通です。前工程の遅れを取り戻すための日程短縮や、品質の維持、安全管理もすべてコミュニケーションのたまもの。番頭が怠けずに現場にこまめに顔を出すこと、お客さまや職人とよく会話すること。そんなことの積み重ねが、あうんの呼吸を作り出します。

積み重ねた実績が私たちの誇りです

創業以来、積み重ねてきた仕事のひとつひとつは、私たちの自慢です。さまざまなゼネコン様から、管理が厳しい公共事業や、大規模工事のご発注を頂いています。そして、小規模な工事も大事な仕事と考えています。全ての仕事がお客さまの大切な財産を築く仕事に他ならないからです。大小を問わずにひとつひとつのプロジェクトに真剣に向き合いたい。それを評価してくださるお客さまがいたからこそ、今の私たちがあると思っています。全ての仕事をお任せいただいたお客さまに感謝するとともに、研鑽を積み、日々新しいチャレンジをしていきたいと考えています。

常に創意工夫を

美術館やホテルのエントランス、モニュメントといった大きな金属装飾や構造物の製作事業を横浜の営業所で行っています。北川原温さまや山本理顕さまと言った一流の建築士の方からご依頼を頂き、プロジェクトを実現させて参りました。同じプロジェクトは1つもありません。耐久性や環境性能に至るまで、そのプロジェクトを実現させるための創意工夫を惜しまず、打合せを何度も綿密に行います。工事の完了時には我々も驚くような完成物が現れます。

そしてまた、新たな挑戦へ

東日本大震災は、私たちにとっても大きな学びとなりました。耐震性能を満たした頑丈な建物であっても、天井は壊れる。それが現実でした。「耐震補強は建築設計が考えること」と、他人事ではいられません。内装業者である私たちにもできることがあります。そして、天井耐震診断と耐震改修に、いち早く取り組んでいます。